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斗南藩記念観光村



戊辰戦争に敗れ会津藩お取りつぶしになった旧会津藩士達が藩の再興を許され移住したのが下北半島。
新しい藩の名称は『斗南藩』。藩領地は今の下北と南部のあたり。
斗南藩を再興したのもつかの間、廃藩置県により藩は消滅。
残された南部地方に移住していた藩士たちが生きる糧を求めて西洋式酪農を始めた地を記念して出来た施設。
施設内には当時の開拓に関った人達の功績を伝える『先人記念館』も建っている。






「六十九種草堂」
我が国初の民間洋式牧場を開設した廣澤安任は明治14年、
東京で開催された第2回内国勧業博覧会に野草69種類を出品しました。
これを記念して、客間、書斎の住居を「六十九種草堂」と命名したそうです。
こちらは再建された建物です。







こちらは「開祖堂」
この地に洋式牧場を開設した廣澤安任を祀ったお堂。







「開祖堂」の建っている小山を越えると広々とした芝生広場が。
ここは梅林となっている所。
まだ植樹したばかりの様で幼木が多い。
奥には池があり、野外ステージも見える。
左のほうの建物のあるあたりではバッテリーカーとゴーカートが楽しめる。







こちらは開拓当時の様子を再現した「開墾村」




家の内部には人形が置かれていて、当時の暮らしぶりを見せてくれる。


「開墾村」について

青森県誕生直後の明治五年(1872年)、旧斗南藩士廣澤安任と旧八戸藩士太田広城はイギリス人のルセーとマキノンを招いて「開牧社」と言う会社をつくり、牧場を開きました。
これが日本初の近代洋式牧場の始まりで、我が国の畜産業界に大きく貢献しました。
移住当時の下級斗南藩士の開墾長屋では、白米などは思いもよらない貧しい食生活をしていたが子弟教育にな熱心でした。
一方、「開牧社」ゾーンではマキノンやルセーの宿舎、牧夫舎、工作場、畜舎、鶏舎等の情景から当時としては珍しい英国人の生活様式や牧場のつらい作業生活が偲ばれます。









「開牧社」ゾーンにある開墾作業の様子を再現した像。
使われている農機具は外国から輸入したものとか。




こちらは脱穀の様子を再現したもの。
「開牧社」ゾーンにはこの他に工作場や二人のイギリス人の宿舎など、
当時の様子を再現した展示物が点在している。






こちらはガラリと変わってパターゴルフ場。(有料)
斗南藩記念観光村ではレクレーションを楽しみながら先人たちの偉業にふれることが出来る。







こちらは小動物園。(無料)
ヤギ、ウサギ、アヒル、小鳥、鹿、トナカイなどを見ることが出来る。







バッテリーカー、ゴーカート、パターゴルフ等は有料だがそれほど高くないので気楽に楽しむことが出来る。
他に、子供むけの遊具のあるわんぱく広場、民芸品郷土食実演紹介販売所、軽食喫茶店、野草園、遊覧馬車などがある。
記念観光村自体の入場は無料なので家族連れで休日をのんびり過ごすのには最適かもしれない。
また、先人たちの偉業を紹介した「先人記念館」(奥に見える建物)もぜひ見学したい施設だ。





「先人記念館」のページへ




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